「模倣」
ふと思い立って、目に留まった作品の真似をしてみると、何気ないところに素晴らしい技巧が凝らされていたり、模倣しようにも再現できないほどうまく作りこまれている細部に気が付いたりする。
模倣はいけないことなのだろうか?
その動機にリスペクトが含まれていようがなかろうが、それはある人の軌跡を辿る行為そのものなので、そこには景色が存在し、険しい道があり、達成感が存在するように感じる。そして最終的には、それらは開拓者たる作者への敬意へと還っていく。
敬意というものは思いのほか大事なもので、たとえば軽蔑から建設的な未来を引き出すことは期待できない。一方敬意は向上心の駆動源となる。
この社会で暮らしていると、人々は他者を褒めないことに気が付く。
先日ツイッターのタイムラインを眺めていたら、「素直に人を褒めると気分が楽になる」という意味のRTが流れてきた。なるほど、人を褒めたところで誰も悪い思いはしないし、そこからは自ずと敬意が芽生える。一方、悪いところを探すような穿った見方から敬意は生まれないし、それは結局自分自身の行動に制限をかけることになると感じる。